No.53
宙の涯て ②
軍に入る前に出会っていたマックスとカートの話。anan発売前に書きました。
「順調だね」
サイバネ専門医からの言葉に、マックスは「ども」と曖昧に頷き返した。
「事故後すぐにサイボーグ化したのは賢明だったね。長期間寝たきり生活を送ってからだと、サイボーグ化しても身体をうまく動かせない人が多いんだ。『自分の身体は動かせない』って思い込みが、脳にこびりついちゃってね」
「はぁ、そーなんすか」
賢明も何も、最初から回復する見込みはなかったし、奇跡的に回復する可能性に賭けて療養生活を送る余裕もなかっただけの話だ。医師が検査結果を眺めながらくどくどと所感を述べるのを、マックスはどこか他人事のように聞いていた。
この医師自身もまたサイボーグで、見た目はマックス以上に機械めいていた。鈍い銀色に輝く頭部は平たく角ばっていて、左右の眼の大きさが不揃いだ。右眼の方に何かしら特殊な機構を組み込んでいるようで、カメラのレンズのようにせり出したり引っ込んだり、忙しなく動いている。
古臭いコミックに登場する、極端にデフォルメされたロボット医。そんな印象だった。
医師の言う通りサイボーグとして順調に機能し始めたマックスの五感には、目の前の医師の挙動の一つ一つがいやにはっきりと捉えられた。しかしその光景はどこか現実味を欠いていて、つくりものとはいえ自分の網膜と視神経を介して見ている気がしなかった。よく出来た記録映像、と言った方がしっくりくる。
「君は運が良かったね。不幸中の幸いと言うべきか。高等教育課程の考査スコアが要求水準をクリアしていたおかげで特例措置が適用できたわけだし、時期的にも、ちょうど今年度のサイボーグ新兵の枠に滑り込めた」
「……」
マックスが黙り込んだので、医師は「ああ、ごめんね」と心の籠もらない謝罪をした。
「だけど、時期外れに特別枠で入隊するハメにならなくてよかっただろう? 同期の仲間もできたわけだし」
「そー、っすね」
曖昧に頷いて、自分の両手を見下ろす。
記憶の中にある自分の手よりも一回り大きい気がした。宇宙軍規格の機体は急激な温度変化や真空状態にも耐えられる特別仕様で、軍属サイボーグたちの中でも特殊な素材が使用されていると聞いているが、詳しいことはよく知らない。
ただ、これが自分の手であるという実感は、いまだに湧かなかった。
※
マックスが検査から戻ると、カートは自分のベッドの上に座って、ゲーム機で遊んでいた。例の、ギャングに攫われた少年のゲームだ。彼はあのゲームがいたくお気に召したらしく、しょっちゅうマックスのサイドボードに手を伸ばす。入院中は特にやることもなく、自由に歩き回ることもままならないから、暇で仕方ないのだろう。
ごつい指先で苦労してボタンを押下しつつ、彼は帰ってきたマックスへちらりと視線を寄越した。
「借りてる」
「ん、いーよ」
「検査どーだった?」
「まーぼちぼち」
自分のベッドに腰を下ろして、顎から下をすっぱりと断ち切られたようなその横顔を眺めた。
先ほど、医者に「仲間ができてよかっただろう」といった内容のことを言われたとき、真っ先に思い浮かんだのはこの横顔だった。
仲間。マックスにはあまり縁のない言葉だった。
故郷の地に友人と呼べる存在は何人かいたが、こんな状況になった今、彼らに会いたいとか話したいとか、そういった考えはあまり湧いてこない。また、この医療施設内にはマックスと同じ宇宙軍に配属される予定のサイボーグも何人かいる。何度か言葉を交わしたこともあるし、今のマックスにとっての「仲間」とは、彼らのことを指すのだそう。今後のことを考えると、今のうちに彼らと親しい関係を築いておくに越したことはない。
だが結局、マックスが最も多くの時間を共有しているのは、このカート・クレイマーだった。
数か月後には彼とは別々の部隊に配属されることが確定しているから、この医療施設を出ればそれきりのはずだ。宇宙軍と陸軍では、そう関わる機会もないだろう。
それなのに何故、自分は彼のことを思い浮かべたのだろう? サイボーグ化して目覚めたあの夜、声を掛けてくれたのが彼だったから? 単純に、接触する機会が一番多い隣人だから?
そんなことをぼんやり考えていると、マックスの目の前に携帯ゲーム機が差し出された。カートが、隣のベットから手を伸ばしている。
「ん」
「え。あ、もう終わる?」
「いや、やりたいんかと思って……」
「あー……」
マックスは誤魔化すように後頭部を掻いて、ゲーム機を受け取った。
「うん、やるやる。どの辺まで進んだ?」
「海のとこまで来た」
「おお、めっちゃ進んでんじゃん」
マックスがステージ選択画面に入ると、カートが当たり前のように隣に腰を下ろす。サイボーグ用のベットはとにかく固く頑丈に作られているようだが、二人で片側に座るとさすがに少しバランスが悪い。
「港行って船に乗れってさ」
「船って、水に浮かべる方?」
「地球の話だし、そうじゃね」
「えー、こわ。……あ、ここでステージ始まる感じか」
「何で町中にこんなギャングうようよしてんだろ。警察も助けてくんねーし」
「そこはほら、ゲームだから」
「そーゆーもん?」
軽快な音楽とともに、画面上にステージが展開される。夢中になってゲーム上のキャラクターを操作している間は、自分の身体のことも、これからのことも忘れられる。マックスは家族が待つ我が家を目指して、画面右側に向かって走り出した。
※
あくる日、昼食を終えてベットでごろごろしていると眠気が襲ってきて、マックスはそのままうたた寝をしていた。サイボーグの身体でも食後に眠くなるとかあるんだ、と新しい発見に驚きつつ、まどろみに身を任せた。別に、やらねばならないタスクがあるわけでもない。
そのまま小一時間は眠っていたと思う。
目を覚ますと、カートのベッドのカーテンが閉まっていた。
彼は夜寝るときも大抵カーテンを開けっ放しにしているから珍しい。何をしているのか純粋に気になって、マックスはのそりと身を起こした。
「カート、寝てるの?」
声をかけながら覗き込むと、彼はサイドテーブルを出して、何やら紙に書きつけていた。マックスの顔を見るなり、彼は大きな手でさっとそれを隠してしまう。
「お前……声かけてから開けろよ」
「かけたじゃん」
「かけるのと同時に開けるなっつってんの」
「ごめんごめん。……それ、手紙?」
「ん……まぁ」
照れ隠しか、カートはしかめっ面で頷いた。
軍管轄の施設ゆえに、秘密保持の観点から通信機器の使用は禁止されていた。備え付けの電話機はいつでも利用できたが、かける先によっては時差や宇宙ノイズに邪魔されるし通信料金も馬鹿にならない。結局、時間はかかるが手紙が一番手軽で安価な通信手段だった。
「誰に書いてんの? 家族?友だち?カノジョ?」
「いやお前出てけよ」
枕元に腰を下ろすと、鬱陶しそうに肘で押し返された。彼が本気で嫌がっているならこんなものでは済まないから、まぁいつものじゃれ合いだ。
と、マックスはシーツについた手の下に、何か硬い紙があるのに気がついた。何の気なしに拾い上げて、裏返す。
「これ何?」
「あっ……」
あ、ヤバ。マックスは瞬時に失敗を悟った。
家族写真だった。
すぐさまカートにひったくられたが、マックスの視覚野にはサイボーグ化手術を受ける前の、今よりいくらか幼いカートの姿が焼き付いていた。
今にも崩れそうなバラックの前で撮られた写真だった。記念写真の撮影には到底ふさわしくないロケーションだったから、あえてその場所を選んだということはそのバラックこそが彼の家なのだろう。
写真の中のカートは、唇を真っすぐに引き結んだ無表情だった。こういう写真を撮られる時どこを見るべきか分からなくて戸惑っているような、硬い表情だ。半袖のシャツから覗く腕は少し日に焼けていて、その手は笑顔を浮かべた小さな女の子と繋がれていた。
「お前勝手に見るなよ。無いわ。マジで無いわ」
「ごめんごめんごめん。マジでわざとじゃなかったの。見るつもりなかったんだから許してー」
申し訳なさそうな顔は作れないから、マックスは精一杯の身振り手振りで謝罪した。
昔の写真を他人に見られるなんてただでさえ恥ずかしいのに、サイボーグ仲間に手術前の顔を見られるのはこの上なく居心地悪い。その感覚は、サイボーグ歴数週間のマックスにもすでに備わっていた。
カートはため息をつきながら、写真と便せんを自分の引き出しへ押し込んだ。
「……お前も見せろよ」
「はい?」
「お前も写真とかあんだろ。俺の見たんだから、お前のも見せろ」
「えー、」
マックスはカーテンの向こうにある自分のベッドの方を見やり、二、三秒考えてから、カートの方へ向き直る。
「……ごめん、無い」
「嘘つけ」
「いやいやマジだって。ピコポの中にデータはあるかもしんないけど、ここピコポの電源入れたら怒られんじゃん」
「……くっそ。ここ出たら送れよ」
「わかったわかった。約束する」
少しばかり苦しい言い訳だったがなんとか引き下がってくれて、マックスは内心で胸を撫で下ろした。
ほっとしたついでに、先ほどの写真について訊ねる。
「一緒に写ってたの、妹ちゃん?」
「掘り下げんなよ。……そうだけど」
「いーなー。俺はひとりっ子。俺の地元、人口抑制されてたから、周りにも兄弟いるやつとかいなくってさ」
「え、マジでそういう土地あるんだ」
「土地っつーか、中継ステーション。居住スペース限られてるから、人口増えすぎるとマズイんよね」
「あーね。でも想像つかねぇ。俺のところと逆だわ」
「カートってどの辺の出身なの?」
「多分知らねぇと思うけど……」
カートが挙げたのは、合星連邦の端の端にある惑星の名前だった。
「遠っ! てかあそこ人住んでたんだ」
「悪かったな、田舎で」
「ごめんて」
聞けば、彼の生まれた星は、開拓が始まって数十年と経っていないほぼ未開の惑星らしかった。一方でマックスが生まれたのは、地球人が宇宙に進出して最初期に建造した中継ステーションの一つだ。
生まれてこの方大地を離れて暮らしたことがなかったカートは宇宙空間での暮らしについて聞きたがったし、マックスからしても惑星での生活は興味深かった。
「惑星開拓って何すんの?」
「俺のところはデカい鉱山があったから、その周りに町ができていった感じ。採掘作業はほとんど機械任せで、人間は設備の保守点検だけ。後はよそから持ち込んだ動植物を土地に合わせて改良したり、他に人の住めそうな場所探したり」
「すげー。リアル惑星開拓シミュじゃん」
「初期はめっちゃ人死んだらしいけどな」
「こっわ」
「入植地なんてそんなもんだべ。ステーション経由で入港する貨物船が、外との唯一の繋がり」
カートの視線が、窓の外に広がる銀河を見上げた。何色とも形容しがたい空の色。この宇宙で生まれた者たちにとってはごく当たり前の見慣れた景色。
「こっちもそんなイイとこじゃないけどねぇ」
「そうなん?」
「うん。俺んとこはステーション自体がもうだいぶ古くてさ。めちゃくちゃ老朽化進んでるわ、増改築の繰り返しでツギハギだらけだわで、住環境が最悪。おまけに人と船の出入りが多いから治安も最悪」
「あー、確かに映画の冒頭でだいたい爆破されてるよな、中継ステーション」
「そーそー! 宙賊連中にしょっちゅうテロ起こされてんだよね、フィクションでもリアルでも。実際、事故事件なんかしょっちゅうだし、俺の親だって、」
言わなくていいことを言いそうになって、マックスは口を噤んだ。ステーション管理局の下級職員だった両親は、外壁の補修作業中の事故で死んだ。連邦軍から逃走中のギャングどもが無理にジェットエンジンを噴かして、ステーションの外壁に張り付いていた両親をうっかり焼き殺したのだ。
カートは、マックスが不意に押し黙った様子から大方の事情を察してくれたらしい。
「住む場所選べないって、しんどいよな」
「……カートのとこも?」
「重力が結構キツい。生活できないほどのレベルじゃねぇけど、長いこと住んでると、やっぱ負荷が掛かって身体がやられるらしい。親父もそれで死んだ。行政は認めてねぇけど」
「そう、なんだ」
「惑星跨いだ移住許可なんかそうそう取れねぇから、長生きしたりゃサイボーグになるしかない。だけど貧乏人じゃそんな大金、簡単には用意できない」
「じゃ、カートが軍に入ったのって」
脳裏を過ったのは、先ほど見てしまった写真の中でカートと手を繋いでいた、小さな女の子の姿だった。
「……軍に入れば俺はタダでサイボーグになれるし、妹は……まぁ、一応選べるようにはなる。死ぬ気で勉強して『外』の学校へ進むか、諦めてサイボーグになってあの星で暮らすか」
「……そっか」
「妹は俺と違ってアタマいいから、頑張ればワンチャンあると思うんだよな」
そう独りごちるカートの横顔はどこか誇らしげで、マックスは真っ黒な液晶の奥で思わず笑みをこぼした。
彼の妹が実際いくつなのか知らないが、先ほどの写真を見た限りでは、ようやく学校に通い始めたばかりの年齢だろう。身内の贔屓目もいいところだ。
などと考えていると、銀河を見上げていたカートが突然顔を険しくしてこちらを睨みつけた。
「……何笑ってんだよ」
「いや笑ってない、笑ってないって。この顔で笑ってるとか無いでしょ」
「笑ってんだよ、雰囲気が」
「えぇ、インネンつけないでよ〜」
機械仕掛けの義手がマックスの横っ腹にガインとぶつけられた。大げさに痛がるふりをしながら、マックスは思う。
カートの妹ちゃんが順当に試験をパスして、生身の身体のままでいい学校に入って、生命居住可能圏の真ん中で立派な仕事に就いて、何十年か後に「ぜんぶお兄ちゃんのお陰」って、そう言って笑ってくれる未来が待っていればいいな。だって、そのためにカートは自分の身体の九割方を捨てたのだから。
あの写真の中で、幼い少女は兄の手を掴んで無邪気に笑っていた。その手がもうこの宇宙のどこにも無いことを、彼女はちゃんと知っているのだろうか?
初出:Pixiv 2025.11.14
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軍に入る前に出会っていたマックスとカートの話。anan発売前に書きました。
「順調だね」
サイバネ専門医からの言葉に、マックスは「ども」と曖昧に頷き返した。
「事故後すぐにサイボーグ化したのは賢明だったね。長期間寝たきり生活を送ってからだと、サイボーグ化しても身体をうまく動かせない人が多いんだ。『自分の身体は動かせない』って思い込みが、脳にこびりついちゃってね」
「はぁ、そーなんすか」
賢明も何も、最初から回復する見込みはなかったし、奇跡的に回復する可能性に賭けて療養生活を送る余裕もなかっただけの話だ。医師が検査結果を眺めながらくどくどと所感を述べるのを、マックスはどこか他人事のように聞いていた。
この医師自身もまたサイボーグで、見た目はマックス以上に機械めいていた。鈍い銀色に輝く頭部は平たく角ばっていて、左右の眼の大きさが不揃いだ。右眼の方に何かしら特殊な機構を組み込んでいるようで、カメラのレンズのようにせり出したり引っ込んだり、忙しなく動いている。
古臭いコミックに登場する、極端にデフォルメされたロボット医。そんな印象だった。
医師の言う通りサイボーグとして順調に機能し始めたマックスの五感には、目の前の医師の挙動の一つ一つがいやにはっきりと捉えられた。しかしその光景はどこか現実味を欠いていて、つくりものとはいえ自分の網膜と視神経を介して見ている気がしなかった。よく出来た記録映像、と言った方がしっくりくる。
「君は運が良かったね。不幸中の幸いと言うべきか。高等教育課程の考査スコアが要求水準をクリアしていたおかげで特例措置が適用できたわけだし、時期的にも、ちょうど今年度のサイボーグ新兵の枠に滑り込めた」
「……」
マックスが黙り込んだので、医師は「ああ、ごめんね」と心の籠もらない謝罪をした。
「だけど、時期外れに特別枠で入隊するハメにならなくてよかっただろう? 同期の仲間もできたわけだし」
「そー、っすね」
曖昧に頷いて、自分の両手を見下ろす。
記憶の中にある自分の手よりも一回り大きい気がした。宇宙軍規格の機体は急激な温度変化や真空状態にも耐えられる特別仕様で、軍属サイボーグたちの中でも特殊な素材が使用されていると聞いているが、詳しいことはよく知らない。
ただ、これが自分の手であるという実感は、いまだに湧かなかった。
※
マックスが検査から戻ると、カートは自分のベッドの上に座って、ゲーム機で遊んでいた。例の、ギャングに攫われた少年のゲームだ。彼はあのゲームがいたくお気に召したらしく、しょっちゅうマックスのサイドボードに手を伸ばす。入院中は特にやることもなく、自由に歩き回ることもままならないから、暇で仕方ないのだろう。
ごつい指先で苦労してボタンを押下しつつ、彼は帰ってきたマックスへちらりと視線を寄越した。
「借りてる」
「ん、いーよ」
「検査どーだった?」
「まーぼちぼち」
自分のベッドに腰を下ろして、顎から下をすっぱりと断ち切られたようなその横顔を眺めた。
先ほど、医者に「仲間ができてよかっただろう」といった内容のことを言われたとき、真っ先に思い浮かんだのはこの横顔だった。
仲間。マックスにはあまり縁のない言葉だった。
故郷の地に友人と呼べる存在は何人かいたが、こんな状況になった今、彼らに会いたいとか話したいとか、そういった考えはあまり湧いてこない。また、この医療施設内にはマックスと同じ宇宙軍に配属される予定のサイボーグも何人かいる。何度か言葉を交わしたこともあるし、今のマックスにとっての「仲間」とは、彼らのことを指すのだそう。今後のことを考えると、今のうちに彼らと親しい関係を築いておくに越したことはない。
だが結局、マックスが最も多くの時間を共有しているのは、このカート・クレイマーだった。
数か月後には彼とは別々の部隊に配属されることが確定しているから、この医療施設を出ればそれきりのはずだ。宇宙軍と陸軍では、そう関わる機会もないだろう。
それなのに何故、自分は彼のことを思い浮かべたのだろう? サイボーグ化して目覚めたあの夜、声を掛けてくれたのが彼だったから? 単純に、接触する機会が一番多い隣人だから?
そんなことをぼんやり考えていると、マックスの目の前に携帯ゲーム機が差し出された。カートが、隣のベットから手を伸ばしている。
「ん」
「え。あ、もう終わる?」
「いや、やりたいんかと思って……」
「あー……」
マックスは誤魔化すように後頭部を掻いて、ゲーム機を受け取った。
「うん、やるやる。どの辺まで進んだ?」
「海のとこまで来た」
「おお、めっちゃ進んでんじゃん」
マックスがステージ選択画面に入ると、カートが当たり前のように隣に腰を下ろす。サイボーグ用のベットはとにかく固く頑丈に作られているようだが、二人で片側に座るとさすがに少しバランスが悪い。
「港行って船に乗れってさ」
「船って、水に浮かべる方?」
「地球の話だし、そうじゃね」
「えー、こわ。……あ、ここでステージ始まる感じか」
「何で町中にこんなギャングうようよしてんだろ。警察も助けてくんねーし」
「そこはほら、ゲームだから」
「そーゆーもん?」
軽快な音楽とともに、画面上にステージが展開される。夢中になってゲーム上のキャラクターを操作している間は、自分の身体のことも、これからのことも忘れられる。マックスは家族が待つ我が家を目指して、画面右側に向かって走り出した。
※
あくる日、昼食を終えてベットでごろごろしていると眠気が襲ってきて、マックスはそのままうたた寝をしていた。サイボーグの身体でも食後に眠くなるとかあるんだ、と新しい発見に驚きつつ、まどろみに身を任せた。別に、やらねばならないタスクがあるわけでもない。
そのまま小一時間は眠っていたと思う。
目を覚ますと、カートのベッドのカーテンが閉まっていた。
彼は夜寝るときも大抵カーテンを開けっ放しにしているから珍しい。何をしているのか純粋に気になって、マックスはのそりと身を起こした。
「カート、寝てるの?」
声をかけながら覗き込むと、彼はサイドテーブルを出して、何やら紙に書きつけていた。マックスの顔を見るなり、彼は大きな手でさっとそれを隠してしまう。
「お前……声かけてから開けろよ」
「かけたじゃん」
「かけるのと同時に開けるなっつってんの」
「ごめんごめん。……それ、手紙?」
「ん……まぁ」
照れ隠しか、カートはしかめっ面で頷いた。
軍管轄の施設ゆえに、秘密保持の観点から通信機器の使用は禁止されていた。備え付けの電話機はいつでも利用できたが、かける先によっては時差や宇宙ノイズに邪魔されるし通信料金も馬鹿にならない。結局、時間はかかるが手紙が一番手軽で安価な通信手段だった。
「誰に書いてんの? 家族?友だち?カノジョ?」
「いやお前出てけよ」
枕元に腰を下ろすと、鬱陶しそうに肘で押し返された。彼が本気で嫌がっているならこんなものでは済まないから、まぁいつものじゃれ合いだ。
と、マックスはシーツについた手の下に、何か硬い紙があるのに気がついた。何の気なしに拾い上げて、裏返す。
「これ何?」
「あっ……」
あ、ヤバ。マックスは瞬時に失敗を悟った。
家族写真だった。
すぐさまカートにひったくられたが、マックスの視覚野にはサイボーグ化手術を受ける前の、今よりいくらか幼いカートの姿が焼き付いていた。
今にも崩れそうなバラックの前で撮られた写真だった。記念写真の撮影には到底ふさわしくないロケーションだったから、あえてその場所を選んだということはそのバラックこそが彼の家なのだろう。
写真の中のカートは、唇を真っすぐに引き結んだ無表情だった。こういう写真を撮られる時どこを見るべきか分からなくて戸惑っているような、硬い表情だ。半袖のシャツから覗く腕は少し日に焼けていて、その手は笑顔を浮かべた小さな女の子と繋がれていた。
「お前勝手に見るなよ。無いわ。マジで無いわ」
「ごめんごめんごめん。マジでわざとじゃなかったの。見るつもりなかったんだから許してー」
申し訳なさそうな顔は作れないから、マックスは精一杯の身振り手振りで謝罪した。
昔の写真を他人に見られるなんてただでさえ恥ずかしいのに、サイボーグ仲間に手術前の顔を見られるのはこの上なく居心地悪い。その感覚は、サイボーグ歴数週間のマックスにもすでに備わっていた。
カートはため息をつきながら、写真と便せんを自分の引き出しへ押し込んだ。
「……お前も見せろよ」
「はい?」
「お前も写真とかあんだろ。俺の見たんだから、お前のも見せろ」
「えー、」
マックスはカーテンの向こうにある自分のベッドの方を見やり、二、三秒考えてから、カートの方へ向き直る。
「……ごめん、無い」
「嘘つけ」
「いやいやマジだって。ピコポの中にデータはあるかもしんないけど、ここピコポの電源入れたら怒られんじゃん」
「……くっそ。ここ出たら送れよ」
「わかったわかった。約束する」
少しばかり苦しい言い訳だったがなんとか引き下がってくれて、マックスは内心で胸を撫で下ろした。
ほっとしたついでに、先ほどの写真について訊ねる。
「一緒に写ってたの、妹ちゃん?」
「掘り下げんなよ。……そうだけど」
「いーなー。俺はひとりっ子。俺の地元、人口抑制されてたから、周りにも兄弟いるやつとかいなくってさ」
「え、マジでそういう土地あるんだ」
「土地っつーか、中継ステーション。居住スペース限られてるから、人口増えすぎるとマズイんよね」
「あーね。でも想像つかねぇ。俺のところと逆だわ」
「カートってどの辺の出身なの?」
「多分知らねぇと思うけど……」
カートが挙げたのは、合星連邦の端の端にある惑星の名前だった。
「遠っ! てかあそこ人住んでたんだ」
「悪かったな、田舎で」
「ごめんて」
聞けば、彼の生まれた星は、開拓が始まって数十年と経っていないほぼ未開の惑星らしかった。一方でマックスが生まれたのは、地球人が宇宙に進出して最初期に建造した中継ステーションの一つだ。
生まれてこの方大地を離れて暮らしたことがなかったカートは宇宙空間での暮らしについて聞きたがったし、マックスからしても惑星での生活は興味深かった。
「惑星開拓って何すんの?」
「俺のところはデカい鉱山があったから、その周りに町ができていった感じ。採掘作業はほとんど機械任せで、人間は設備の保守点検だけ。後はよそから持ち込んだ動植物を土地に合わせて改良したり、他に人の住めそうな場所探したり」
「すげー。リアル惑星開拓シミュじゃん」
「初期はめっちゃ人死んだらしいけどな」
「こっわ」
「入植地なんてそんなもんだべ。ステーション経由で入港する貨物船が、外との唯一の繋がり」
カートの視線が、窓の外に広がる銀河を見上げた。何色とも形容しがたい空の色。この宇宙で生まれた者たちにとってはごく当たり前の見慣れた景色。
「こっちもそんなイイとこじゃないけどねぇ」
「そうなん?」
「うん。俺んとこはステーション自体がもうだいぶ古くてさ。めちゃくちゃ老朽化進んでるわ、増改築の繰り返しでツギハギだらけだわで、住環境が最悪。おまけに人と船の出入りが多いから治安も最悪」
「あー、確かに映画の冒頭でだいたい爆破されてるよな、中継ステーション」
「そーそー! 宙賊連中にしょっちゅうテロ起こされてんだよね、フィクションでもリアルでも。実際、事故事件なんかしょっちゅうだし、俺の親だって、」
言わなくていいことを言いそうになって、マックスは口を噤んだ。ステーション管理局の下級職員だった両親は、外壁の補修作業中の事故で死んだ。連邦軍から逃走中のギャングどもが無理にジェットエンジンを噴かして、ステーションの外壁に張り付いていた両親をうっかり焼き殺したのだ。
カートは、マックスが不意に押し黙った様子から大方の事情を察してくれたらしい。
「住む場所選べないって、しんどいよな」
「……カートのとこも?」
「重力が結構キツい。生活できないほどのレベルじゃねぇけど、長いこと住んでると、やっぱ負荷が掛かって身体がやられるらしい。親父もそれで死んだ。行政は認めてねぇけど」
「そう、なんだ」
「惑星跨いだ移住許可なんかそうそう取れねぇから、長生きしたりゃサイボーグになるしかない。だけど貧乏人じゃそんな大金、簡単には用意できない」
「じゃ、カートが軍に入ったのって」
脳裏を過ったのは、先ほど見てしまった写真の中でカートと手を繋いでいた、小さな女の子の姿だった。
「……軍に入れば俺はタダでサイボーグになれるし、妹は……まぁ、一応選べるようにはなる。死ぬ気で勉強して『外』の学校へ進むか、諦めてサイボーグになってあの星で暮らすか」
「……そっか」
「妹は俺と違ってアタマいいから、頑張ればワンチャンあると思うんだよな」
そう独りごちるカートの横顔はどこか誇らしげで、マックスは真っ黒な液晶の奥で思わず笑みをこぼした。
彼の妹が実際いくつなのか知らないが、先ほどの写真を見た限りでは、ようやく学校に通い始めたばかりの年齢だろう。身内の贔屓目もいいところだ。
などと考えていると、銀河を見上げていたカートが突然顔を険しくしてこちらを睨みつけた。
「……何笑ってんだよ」
「いや笑ってない、笑ってないって。この顔で笑ってるとか無いでしょ」
「笑ってんだよ、雰囲気が」
「えぇ、インネンつけないでよ〜」
機械仕掛けの義手がマックスの横っ腹にガインとぶつけられた。大げさに痛がるふりをしながら、マックスは思う。
カートの妹ちゃんが順当に試験をパスして、生身の身体のままでいい学校に入って、生命居住可能圏の真ん中で立派な仕事に就いて、何十年か後に「ぜんぶお兄ちゃんのお陰」って、そう言って笑ってくれる未来が待っていればいいな。だって、そのためにカートは自分の身体の九割方を捨てたのだから。
あの写真の中で、幼い少女は兄の手を掴んで無邪気に笑っていた。その手がもうこの宇宙のどこにも無いことを、彼女はちゃんと知っているのだろうか?
初出:Pixiv 2025.11.14