No.50

治安も倫理観も終わってるサイボーグたちのドライブ
 防衛サービス業務の一環として、ゴミ捨て代行のお仕事を請け負ったカートとマックスがミルキーハイウェイをドライブする話。深く考えずにお読みください。


「カート知ってる?」
 助手席のマックスがおもむろに口を開いた。
 時刻はとうに真夜中を過ぎていて、サイボーグの身であったとしても眠気を覚え始める頃合いだ。だが二人の乗る小型トラックの周囲は、けたたましい騒音とギラギラした光で満たされている。
 カートは苛立ちを抑えながら、訊ね返す。
「何を」
「ギャラクシースピリッツの今の総長ってさ、女の子なんだって」
「くっ……そどうでもいい」
 両手はハンドルを握っていて塞がっている。カートは苛立ち紛れに、後頭部をヘッドレストに押し付けた。
 窓はぴったりと閉じているはずなのに、違法改造された大型バイクの排気音は車内の空気まで震わせる。
 運送会社を装ったDSセキュリティー社の小型トラックは、暴走族の一団に取り囲まれていた。



 とある荷物を指定されたワームホールへ捨てること。
 それがこの日、二人に与えられた仕事だった。
 片道十時間近くかかるドライブではあったが、サイボーグである二人にとってはさほど苦ではない。
 行って帰ってくるだけの簡単なお仕事だ。
 人を雇ってまで秘密裏に処理したい荷物の中身が何なのか少しだけ気になったが、まぁ、どうせロクなものではないだろう。
 カートとマックスはビニールシートで厳重に梱包された『荷物』をトラックの荷台に横たえ、しっかりと扉を閉めた。
 退屈凌ぎの携帯ゲーム機をそれぞれポケットに忍ばせ、代わりばんこに運転する約束をし、二人は意気揚々とDSセキュリティーを出発した。

 惑星間高速道路、通称ミルキーハイウェイを走り始めて五時間ばかり経ち、助手席のマックスが一人でやるゲームにも飽き始めた頃、後方から騒々しい一団が近づいてくることに気がついた。
 バックミラーを覗きながら、カートが不機嫌そうな困り眉をさらに顰める。
 業務用の小型トラックが出せるスピードなどたかが知れていて、二人はあっという間に大型バイクの集団に追いつかれてしまった。この辺りを縄張りにしている暴走族……なのだろう。
 まだ成人にも満たない強化人間の少年たちが、雄叫びを上げながら小型トラックを煽る。
 運転席に座るカートが睨み返しても、相手は少しも動じなかった。むしろ彼らはより大胆にエンジンを吹かし、幅寄せを繰り返す。
「あーうっぜ。なぁこれリミッター外せねぇの?」
「ダメダメ。カートくんこないだスピード違反でパクられたばっかじゃん。次切符切られたら免停だよ?」
「じゃ運転代われよ……」
 カートがイライラしながら窓の外に目をやると、バイクに乗ったチンピラの一人が、二人に向かって中指を突き立てたところだった。
「……二、三匹轢いていい?」
「うん全然轢いていいと思う。会社のクルマに傷つけたら修理代自腹だけど」
「クッソが……」
「……あ、PAあんじゃん。あそこ入ろうよ」
「はぁ? ……クソ」
 小型トラックが車線変更してパーキングエリアへ退避する動きを見せると、囃し立てる声が更に活気づいた。カートは舌打ちをして、アクセルを踏んでいない方の足をしきりに揺らす。
 と、マックスが助手席側のドアについているハンドルをキュルキュルと回して窓を開けた。窓から片手を突き出し、見せつけるように、立てた親指の先を地面に向ける。
 一瞬の沈黙ののち、下品な笑い声が怒号に変わった。
 すかさず、バイクの編隊も方向転換してパーキングエリアに進入する二人の後を追いかける。
「お前が一番煽ってんじゃん」
「いやいや、これはあの子たちのためなんだよ? 喧嘩ふっかけていい相手とそうじゃない相手を見極められないんじゃ、社会に出たとき苦労するんだから」
「俺らみたいに?」
「そうそう。ここでしっかり痛い目見ておかないと、将来的に怖〜い社長にヤバい仕事押しつけられる使い捨てのワンちゃんにされちゃう」
「自分で言ってて悲しくなんねーの」
 深夜のパーキングエリアに、他の車は見当たらなかった。
 駐車位置を示す白線を無視して適当にトラックを停める。と同時に、二人は車外に飛び出した。
 続いて、バイクの一団も駐車場に雪崩込んでくる。彼らは口々に「舐めやがって!」「ぶっ殺す!」とか叫びながら、こちらに向かって駆けてくる。
 肩をぐるぐる回しながら、カートが訊ねる。
「あいつらがギャラクシースピリッツ?」
「いや違うでしょ。マシンの整備全然なってないし」
「へー」
「知らんけど」
「知らんのかい」
 ゆるいやり取りをしている間に、特攻服に身を包んだ強化人間たちが襲いかかってきた。
 頭に血が昇った彼らは、乗ってきたバイクを乱暴に乗り捨てる。いや暴走族名乗るならてめえの愛車もっと大事にしろよ、と二人は心の中で呟く。
 ひときわ背の高い一人が、一番槍として釘が打ち込まれた木製バットをカートに向けて振り下ろす。
 ガキン、と鈍い音がした。続いて、ミシミシと木製のバットにヒビが入る音も。
 カートは振り下ろされたバットを片手で受け止めていた。強化人間は顔を真っ赤にして押したり引いたりしているようだが、鋼鉄製のアームにがっしりと掴まれたバットはびくとも動かない。
「はい正当防衛」
 バットを掴んだのと反対の手で、ガラ空きだった相手の鳩尾に拳をめり込ませた。重たい一撃に、相手はあっけなくその場に崩れ落ちる。
「最悪。手のひらに傷入った」
「マジか。後で磨いたげるよ」
「いや自分でやるし」
「……クッソが!!」
 仲間の一人を倒されて、残った連中が雄叫びを上げながら突っ込んできた。カートはひび割れた釘バットを投げ捨て、迎撃態勢に入る。
 先頭の一人が繰り出した拳を難なくかわし、すかさずカウンターを叩き込む。間髪入れずに飛び込んできたチンピラのタックルをいなし、首筋に手刀を食らわせる。
 暴走族の連中も喧嘩慣れはしているだろうが、陸軍で鍛え上げられた元兵士には敵わない。一人一発ずつ、無駄のない動きで確実に仕留めていく。
 メリケンサックや鉄パイプを装備している相手もいたが、そもそもカートに一撃を食らわせることすらできないのだからあまり意味はない。釘バットを携えた一人目がやすやすとぶちのめされた時点で彼らは引くべきだったのだが、気づいたところで後の祭りだ。
 数十人いるチンピラたちのうち、そのほとんどがカート一人に集中していた。戦闘仕様の厳ついアームを取り付けたカートの方が確実に手強い相手だったし、強い方さえ倒してしまえば勝ったも同然だからだ。
 その一方で、喧嘩に自信のない何人かはマックスの方へ流れた。上背こそあるものの、威圧的な外観の相方に比べれば大したことなさそうに見える。
 こいつになら勝てる。
 そうした小狡い考えで、彼らはマックスへ躍りかかった。実際、このサイボーグはこちらの拳をかわすか受け流すばかりで殴り返してこない。
 いける。そう確信したその時。
「ぁがっ」
 チンピラの一人が不自然な声を上げて卒倒した。
 白目を剥いて痙攣している。尋常の様子ではない。
「俺になら勝てると思ったんでしょ。残念でした、ざーこ」
 マックスの手の甲、白くつるりとしたフレームの一部が展開し、小さな電極が飛び出していた。
 異変に気づいたカートが、こちらを振り返る。
「それ何仕込んでんの?」
「スタンガン。試し撃ちできてラッキー。直で電流ぶっこむから、テーザーと違ってチョー痛いらしいよ」
「お前それ絶対俺に向けんなよ」
「大丈夫大丈夫。だから手の甲に付けてんだし」
 その後も一方的な展開は続き、チンピラたちの大半がアスファルトの上に倒れ伏した頃、また一人スタンガンで昏倒させたマックスがはたと気がついた。
「あれ、一人足んなくない?」
「は?」
 二人同時に後ろを振り返る。
 特攻服を着たチンピラの一人が、DSセキュリティー社の小型トラックに乗り込むところだった。
「うおっ」
「ヤバいヤバいヤバい」
 素早く反応したカートが、地面を蹴って駆け出した。いくら相手が車とはいえ、パーキングエリアの出口に向かってモタモタと方向転換していては彼の脚には敵わない。
 すぐさま追いついたカートがトラックの運転席に飛びついた。
 慌てたチンピラが彼を振り落とそうとハンドルをめちゃくちゃに振り回す。狭い駐車場内で車体が大きく蛇行した。
 幸いにも、ドアはロックされていなかった。
 外側からドアをこじ開けたカートは、運転席のチンピラの胸ぐらを掴み、片手で車外へ放り投げる。入れ替わりに座席へ滑り込み、ハンドルを巧みに操ってブレーキを踏み込んだ。
 甲高い音を立てて、トラックが停止した。アスファルトには黒い轍がのたうつように刻まれている。
 何とか横転を免れ、カートは長いため息をついてからトラックを降りた。
 社有車を乗っ取られたなどという事態になれば、間違いなく社長に殺されるところだった。未遂とはいえ不届き者に一発食らわせてやらないと気が済まない。
 車外に放り出されたチンピラは、脱力したようにその場にへたり込んでいた。擦り傷程度で済んでいるのだから、彼ら強化人間の頑丈さにはつくづく感心させられる。
 呆けたように座り込んだ彼は、カートの方を見ていなかった。カートも何の気なしに、そちらを見やる。
 トラックの荷台のドアが開いていた。大きく蛇行したせいでロックが外れてしまったのだろう。
 積んでいたはずの荷物が飛び出し、地面に転がっている。落下の衝撃でビニールシートがめくれ、中身が露出していた。
 濃いピンク色の肌。濁った目。血のついたシャツ。
「あー、」
 案の定というか、今日の『荷物』の中身はやはり死体だったようだ。人を雇って連邦政府管理外のワームホールに捨てに行かせるのも合点がいく。
 腰を抜かしていたチンピラが、ワナワナと震えながら悲鳴を上げた。
「ひ、ひ、人殺し!」
「いや殺したの俺らじゃねぇし」
「うわマジで死体だったの? ウケる」
 見られてしまったのなら長居は無用。
 カートはチンピラに「通報したら殺しにいくからな」と低い声で凄んだあと殴って気絶させ、マックスは荷物を丁寧に梱包し直した。
 それぞれ仕事を終えてから、再びトラックに乗り込む。
「荷台のロックちゃんと締めた?」
「しめたしめた」
「出すぞ」
「待ってシートベルト」
 マックスがシートベルトを締めるのを待たず、カートがアクセルを踏み込む。
「あっぶな! 同乗者がシートベルト締めるまで待つのがマナーでしょ!?」
「ごめんごめん」
 適当に謝りながら、慣れた手つきでハンドルを操作する。
 小型トラックは死屍累々のパーキングエリアを離れ、高速道路の本線に合流した。ちらりとバックミラーを確認しても、当然ながら追ってくる者はいなかった。
 助手席のマックスがぶつくさ言いながらハザードスイッチを素早く三回押下する。すると、ダッシュボードの下から古びた車体にそぐわないコンソールパネルが姿を現した。
「アイスクリーム屋とホットドッグ屋、どっちがい?」
「アイス」
「おっけー」
 マックスがコマンドを入力する。
 車体に投影されていたホログラムが書き換わり、運送会社の小型トラックはアイスクリームの移動販売車に姿を変えた。気休め程度の目くらましだ。
「あっしまった」
「何?」
「ジュース買いたかった」
「次で止まる?」
「んー、いいや。さすがにこれ以上寄り道できないっしょ。帰りでいいよ」
「了解」
 深夜の惑星間高速道路は再び静けさを取り戻し、二人が乗るトラックの他に車の影は見えない。銀河には昼も夜もなく、車内に備え付けられたオーディオからは単調な交通情報が流れていた。
 マックスが何やらゴソゴソやっていると思って隣を見やると、彼は手首に金の腕時計を巻いていた。
「どう? 似合う?」
「どしたのそれ」
「金持ってそうなおっさんだったよ」
「あー、荷物の中の人?」
「そう。いい時計して、いい服着てた」
「へぇ」
 時刻を表示するという単一の機能しかもたないそれは、ガジェットというよりアクセサリーに近いのだろう。その価値は、カートにはよく分からない。そんなものをこの腕につけたら、関節の駆動の邪魔になる。
 マックスは手首に巻いた腕時計を機嫌良さそうに眺めている。
「どうせロクでもないことしてて、恨み買って殺されたんだろうなー」
「……」
「あれ? 可哀想になっちゃった?」
「いや……金持っててもさ。袋に詰められて捨てられんだから結局ゴミじゃん、と思って」
「うわカートくん辛辣〜!」
「お前が言わせたんだろ」
「ね、これ曲とかかけていい?」
「別にいいけど。あとで運転代われよ」
「わかってるわかってる」
 マックスの指先がツマミを捻ると、ラジオが交通情報から音楽チャートに切り替わる。
 車内に知らないアイドルの軽快なポップスが流れる。マックスが口ずさむ調子外れの鼻歌に、カートが「下手くそ」と茶々を入れた。
 二人を乗せたトラックは、快調にミルキーハイウェイを飛ばしていった。

 この後、二人はワームホールに『荷物』を投棄し、無事仕事を完遂させた。しかし後日、腕時計をガメてネットオークションで売り飛ばしたことが社長にバレ、二人まとめてきついお仕置きを喰らうのであった。

初出:Pixiv 2025.09.13

expand_less